広場恐怖症はあるもののパニック発作はなくなってきました

インターネットをする女性

 

47歳の主婦の弘美さんの病歴は長期にわたります。

 

はじめてのパニック発作は、32歳のときです。突然の動悸、息苦しさ、手のしびれ、体の硬直、死ぬかもしれないと思うほどの強い不安感があり、救急車で病院に運ばれました。

 

しかし、病院に着いたころには症状もおさまり、診察や検査を受けても異常が見つからなかったので、そのまま帰宅しました。

 

それ以来、動悸、グラッとするめまいをともなう強い不安感があり、一人ではスーパーにも行けなくなりました。食料品などは、日曜日に夫と一緒に行って、まとめ買いしました。

 

病院の精神科をはじめて受診したのは35歳のときです。パニック障害と診断され、すぐにベンゾジアゼピン系抗不安薬による治療がはじまりました。10カ月後には、抗うつ薬が加わり、不安や不眠も少なくなって、買い物も近くの見せなら一人で行けるようになりました。パニック発作は、ほぼなくなりました。

 

しかし、経過がよいので薬を減量しようとすると、頭がフラフラしたり不安症状が出てくるため、減量できませんでした。結局、そのままの量を維持量として使っていくことになりました。外出は、近くの店での買い物など最小限のことはできましたが、電車に乗れないため、遠出は無理でした。

 

それでも弘美さんは、「外出はもともと好きではないので、家でテレビを見たり、編み物などをしているのは楽しい」といい、広場恐怖症はあまり苦にしていないようでした。そんな状態で10年近くがたちました。

 

ところが、弘美さんに人きな変化か起こりました。インターネットをはじめたのです。

 

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インターネットの知り合いとドライブに行くようになる

弘美さんは、娘のアルバイト先のホームページを見るためにパソコンを購入しました。インターネットは、最初はながめるだけでしたが、しだいに掲示板に書き込むようになりました。1年後には、あるチャットの会員になって、それ
らは急速に「ハマって」いきました。

 

弘美さんは、ネット上での会話のやりとりがおもしろく、時間がたつのを忘れてのめり込み、ときには夜にまでおよびました。キーを打つ指にまめをつくるほどでした。自分の病気は、チャットでは話さないつもりでしたが、やりとりの流れでパニック障害や広場恐怖症のことを打ち明けてしまいました。

 

すると、またたくまに数人の男性会員から、ドライブの誘いがありました。その中一人が、娘のアルバイト先の知り合いだったため、その人に海へ連れて行ってもらうことになりました。海辺をドライブしたいという夢は、パニック障害になってからずっと胸に秘めていたもので、それが思いもかけない形で実現したのでした。

 

以来、弘美さんの生活は激変しました。休日には、「ボーイフレンド」とドライブに行ったり、レストランで食事をしたりと、外出の機会がふえ、交際が生活の一部になっていきました。夫は、以前から競馬やパチンコに夢中で、妻の行動をまったく気にしていないようでした。

 

弘美さん自身は、「ボーイフレンド」をリハビリの協力者と考えていて、そのおかげで行きたくても行けなかった遠くの店や、歯医者まで通えるようになっているのです。弘美さんは、いまや自分のブログを立ち上げ、記事作成やコメント欄への返事を書く作業で、ますます忙しく過ごしています。

 

 

アドバイス:ネットでの仮想世界を現実の交流の場にする可能性

インターネットには、従来の手紙や電話にはない、自由さ、即時性、匿名性、同時多方向性などの特徴があり、これを使った情報交換は、一種の新しい社交の場になる可能性があります。ただし、それはあくまでも「仮想の世界」です。

 

ところが、このケースの弘美さんは、仮想世界を容易に現実の交流の場にかえています。そして、結果として、長い間広場恐怖症のために狭まっていた世界が広がりのあるものになりました。弘美さん自身、なかばあきらめていた外での活動が現実のものになった喜びは大きいでしょう。

 

パニック障害の人のネット交流では、患者さんどうしのものはときおり見かけますが、患者さんと健常者の交流はあまりなく、これからの可能性を感じます。弘美さんは、医師も予想しなかった、いまの時代ならではの回復の仕方を見せているといえます。

 

ただし、パニック障害のような心の病気の人が、ネットを利用する場合は、いくつか問題をはらんでいることは「パニック障害とネット依存は深い関係があります」でも述べました。弘美さんのケースで見ると、異性との交流ですので、夫婦関係や家庭への影響も懸念されます。

 

弘美さんの場合、いまのところ問題は生じていないのですが、米国では、次のような報告があります。

 

広場恐怖症の妻が、家に閉じこもっで「主婦」の状態にあるときは夫婦関係も安定している。しかし、妻の広場恐怖症が改善して自由に外出できるようになり、異性との交際が可能になると、夫婦関係はかえって悪化する、というものです。

 

このケースの弘美さんの家庭では、以前だったら休日に妻の買い物を手伝っていた夫が、いまは競馬やパチンコに夢中で、妻の外出を意に介さない(ように見える)ところが気になります。ただし、これもまた、よく見られる日本らしい中年の夫婦像といえなくもありません。米国とは事情が違います。

 

いまは問題なく過ごしている弘美さんですが、夫も治療の場に参加するというのも、一つの方法かもしれません。医師は、この「ボーイフレンド」については、話題にすることでかえって意識させてはいけないと、一切助言はしていませんが、注意深く見守っています。


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